もし、今日が人生最後の日だとしたら?
あなたにとって後悔しない生き方とは、どんな生き方でしょうか。
人生最後の瞬間を意識していることが、覚悟を決めた後悔しない生き方です。
「今日が人生最後だと思っておもいきって生きろ!」
このように言われても、確かにピンとこないかもしれません。
人生最後なんて、特に意識して生きる必要もないからです。
そんなことは頭では分かっているけど、でもよく分からない・・・
それらば、
身近な人や、あるいは知り合いが災害で亡くなったときのことはいかがでしょうか。
僕の場合、来年で10回忌を迎える母の存在がもっとも身近です。
病院のベッドで苦しそうに顔を歪めていたあの姿、
トレーニングで自分を追い込むとき、食中毒で入院したとき、
「母の苦しみと比べて、自分のこの痛み・苦しみはどれくらいだろうか?」
と常に考えるようになりました。
人生最後の瞬間に後悔しない生き方だと思えるには、どうすればいいだろう?
あなたはそのとき、どんな言葉が浮かんできそうですか?
その瞬間に出てくる言葉を思い浮かべて、それを大切に生きてみてはいかがでしょうか。
(前回は、想像力を鍛える5つの方法-子供の頃の純粋さを取り戻して現状打破にて、
想像力を鍛える方法として、人生で壁を乗り越えない理由は「思い」と「欲求」違いにあり、
子供の頃の純粋な気持ちを取り戻すことで、自己を一致させて夢を実現する方法をお伝えしました。)
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1、直感にしたがって生きてきただろうか
僕たちは、最初に「これっ!」ていうのが浮かんできても、
周囲の反応、過去の囚われ、未来への恐れ、自分にたいする思い込みなどで、
大切なことを後回しにして、無難に生きようとしてしまいます。
自分のハートを打ち抜くのは、最初の「これっ!」ていう瞬間に訪れる直感が大切。
やりたいことが分からない場合は、直感に従ってみることです。
この世に生まれからには、命を使い切らなくてはいけません。
思考より感じたことを大切にするのです。
論理より直感に従って行動することは、自分の「思い」を尊重することです。
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2、ありのままの自分で生きれたか
自分を偽って生きれば、守ることばかりにエネルギーを奪われてしまいます。
心の余裕はなくなってしまい、常に攻撃にたいして構えていなくてはいけません。
しかし、
攻撃がくると思い込んでいるだけで、実際は身構える必要はないのです。
普段の気を許している楽な自分を出して生きてみれば、
他人は敵なんかではなく、単なる自分の抱いていた幻想であったと気付きます。
ですが、
分かっているけど、身体は恐れている。
頭では分かっているけど、身体は「戦う」ための準備をしてしまう。
このような思いと現実が一致しなくても、ムリに完璧を求めようせず、
それでも今感じている感覚を、ただただ感じること。
それがありのままに感じる、ありのままの自分で生きるということです。
3、この世に何を残せたか
僕たちが生きる目的な何だったのでしょうか。
人は何のために生まれてきて、何のために生きているのだろう。
誰でも一度は考える大きな疑問です。
「俺は、これをするために生まれてきたんだ!」
このように僕たちは、なにか確信できるものに出会うまでは、
人生は「旅」をしているかのような感覚で、
それまでの道中、とても険しく感じてしまいます。
この世に何を残せるか、それは自分の積み重ねたものだけです。
誰も見ていないところでも、コツコツと積み上げてきたもの。
毎日、自分の弱い精神と向き合いながら繰り返し行い続けてきたもの。
答えは、とてもシンプルです。
積み重ねてきたものが、いつの間にか生きる意味と繋がっていきます。
4、自分の生き方は何を誇れるか
この世で一番の応援者はだれだか分かりますか?
それは、
もう一人のあなたです。
もう一人のあなたとは「潜在意識」と呼ばれ、常にあなたを見つめています。
自分が誇れる生き方ができれば、人生は満足できるかもしれませんね。
ですが特別なことを成し遂げれば、自分を誇れると思っていませんか?
どんなことでも、ただありのまま感じること。
見たくないものにフタをしたり、自分を偽ることをやめて、
ただありのまま感じていれば、自分を「認める」ことができ、
自分を認める生き方は、自分を誇れる生き方になると思います。
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5、自分を許して安らぎを与えてきたか
他人に憎しみを抱いて生きるということは、
自分に憎しみを抱いて生きるということなのです。
脳は他人を区別することができないので、
思い描くことはすべてのことは、自分のことと認識してしまうのです。
「あんなヤツ、失敗して苦しめばイイ!」
そう思った瞬間、
脳内では失敗して苦しんでいる「ヤツ」のイメージを創り、
イメージしたことは実現する理由から、
あなたが失敗して苦しんでしまう現実を引き寄せてしまうのです。
他人のためではなく、自分のために人を許しましょう。
人生の浪費を回避するために、意識的に水に流すことを心掛けるのです。
それは他人のためではなく、自分の幸せのためです。
後悔しない生き方とは?
後悔しない生き方とは、
自分が臨終を迎えたときの「死に方」はどうなのか?
そこに思いを馳せることです。
僕のはじめてできた親友は、高校1年のときに亡くなりました。
小学校2年のとき、人をからかい過ぎた僕はクラス全員から無視され、
その中でたった一人だけ、手を差し伸べてくれる人がいました。
それから休みの日は、必ず家に遊びに行くようになりました。
ですが、小学校高学年、中学に上がるにつれて互いに離ればなれになり、
高校に上がったとき、その親友は交通事故で亡くなりました。
後悔しない生き方、
それは臨終を迎えるときの自分を想定した生き方だと思います。
あるいはその先を見据えた生き方なのかもしれません。
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