シンプリストのきっかけ-母の死から教わったこと

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シンプルライフを生きる人をシンプリストと呼びます。

もともと整理整頓が好きだった僕は、

特に何も意識することなく行っていましたが、

あることがきっかけで、

より意識的に取り組むようになりました。

 

もう10年近く昔の話です。

僕の母は僕が25歳になる5日前に亡くなりました。

母の最期を看取る瞬間、

この世の最後をしっかりと焼きつけるようにパっと目を見開き、

僕たち兄弟を見つめて息を引きとりました。

 

10月8日19時8分…

熟練の看護師が左手の腕時計を見てつぶやいた言葉。

(前回の記事、シンプルイズベストで得られる幸せの5つの意味

 

 

 

自分の素直さの母体

僕は自分の感じたことに素直になるということを信念としています。

それは、

今まで考えすぎてガチガチだった生き方を大きく変えてくれた新しい信念です。

生き方は大きく変わってきたのですが、

元々の自分には変化はないように感じています。

それはどういうことかと言うと、

素直さの母体は、

 

幼少期に思いっきり母に甘えて育ったことが基盤となっているからです。

 

本来の自分を出して生きることが一番心地が良い。

そのためには不要な習慣を手放す必要がありました。

それがシンプルライフとの出会いのキッカケです。

 

 

シンプルライフの登竜門「断捨離」

母の最期から、

実際にシンプリストになるまでには多少時間が掛かりました。

葬儀が終わり数日経った夜、

 

「なんとかせんと」

 

という決意から2年5ヶ月、

NLP神経言語プログラミングという心理学に出会いました。

その年は仕事の上司と上手くいかず、

仕事を辞めて実家に引きこもった年でもありました。

そして実家に戻って2年後くらい経ったときでした。

 

「自分を変えたい、何もかもスッキリしたい」

 

家も仕事も全て苦しみでしかない環境の中、

 

「自分のできることは他人の目に触れないところで行っていくこと」

 

他人の目に触れないところは僕にとって「自由」でした。

誰にも文句は言わせない。

自由の権利を行使する。

僕が思い切ってとった行動が当時知らなかった「断捨離」というものでした。

 

 

断捨離を行った後悔

物を捨てることですっきりしたかった僕は、

迷いはありませんでした。

実家の自分の使っていた2階のふたつの部屋、

小さなときから過ごしてきた思い出の部屋、

そこにはたくさんの学生の頃からの思い出の品がありました。

自分の物だけでなく親兄弟の物もありました。

亡くなった母親の嫁入り道具もありました。

何もかも勢いでゴミ処理場へと運んでいきました。

 

今思えば全ての思い出を灰にする必要はなかったのではないか。

それが僕にとっての今でも残っている後悔です。

 

そして本当のシンプルライフとは、

何でもかんでも捨てるということではありません。

 

自分の心に深く感じられる何かがあるのなら、

 

たとえガラクタであったとしても残しておくことです。

僕は完全に物に翻弄されていました。

だからこそ、

失ったものはもう元には戻りませんが、

これから手に入るものは大事にする。

これは死して尚、母から教わったことのひとつです。

 

 

シンプルに生きてシンプルな最後を

母は末期の癌でなくなりました。

おそらく20年近く前に癌にかかっていて誰にも相談できず、

そしてそのような環境でもありませんでした。

 

辛いときは辛い。

苦しいときは苦しい。

 

こんな簡単な思いをシンプルに伝えることもできない。

言わない、

言えない、

素直になれない。

そんなつまらぬ環境。

それはひとりひとりが抱える「恐れ」が大きな原因だと思います。

いらないことは考えず、

ただ感じたことを素直に表現する。

それができる社会になっていけると本当に良いと思います。

これが僕がシンプルライフに乗せた思いです。

そしてシンプリストの生き方です。

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